フィットネスの勧め 語句解説  

日記 - 5月

 

5月26日(月) 「ひとがすんでいます(完)」

 

 金魚だけとなってからはほとんどいじっていない。水も、以前は水道水の水をバケツに入れて1日放置し水槽に加えていたが、父親が介護状態になってからはそのようなことは行っていないような気がする。

 また、雨どいから落ちてくる水を、手動にはなるが、直接水槽に入れられるようにはしてある。よって、雨がたくさん降るときは、しばらく様子を見てその雨水を水槽に入れていた。ただし、雨の量が少ない時は排水溝に流すだけにしている。なぜなら、雨の降り始めは屋根に溜まったほこりが一緒に落ちてくるので、逆に水槽の水が汚れることになってしまうからだ。(そういえば、最近は雨でもあまり水槽のことは気にしなくなってきているような気がしないでもない…)

 さて、そんな水槽の状態なのだが、通りからでも現在生き残っている金魚が見えるので、ときどき「うわ〜、金魚だ!金魚だ!」とか「お魚がいっぱいいる!」などという子供たちの声が聞こえてきたりする。実際には、子供たちの顔は見ていないのだが、声から察すると、まだ小学生にはなっていないくらいの年である。つい先日も、水槽の近くで話している子供たちの会話が聞こえてきた。

 ガキんちょA:「ね〜、見て見て。金魚だよ!」

 ガキんちょB:「うわ〜、本当だ!」

 ガキんちょC:「いっぱいいるね!だれの金魚?」

 ガキんちょA:「誰のでもないんだよ!」

 私は「誰のでもないんだよ!」という言葉を聞いたとき、「変なことをいう子供たちだな」と思い、何気なく聞いていた会話だったが思わず聞き耳を立ててしまった。

 ガキんちょB:「え〜、でも…」

 ガキんちょC:「誰のでもないの?」

 ガキんちょA:「そう、捨ててあるんだよ!」

 ガキんちょB:「え〜、捨ててあるの?」

 ガキんちょA:「うん、そうだよ!」

 ガキんちょC:「でも、このおうち誰かすんでいるんでしょう?」

 「捨ててある」とは一体どういうことなんだ!なんていうガキどもだ!私は窓から顔を出して「おいっ、捨ててないぞ!」と言ってやろうかと思ったが、そうすれば子供たちは驚いて走って逃げていくのは目に見えている。もしそうなれば、転んでしまってケガをしてしまうかも可能性も出てきてしまう。その場合、「一体、うちの子に何をしたんですか!」などと保護者からクレームを受けてしまうことも十分に考えられる。よって、小心者の私は「このガキども、なんてことを言うんだ!」と思いながらもじっと耐えて会話を聞いていたのである。

 でも、ガキんちょAは「どうして「捨ててある」などと言ったのだろうか?」という気がしないでもない。その理由を考えたとき、「もしかしたらこの家には誰も住んでいないと思っていたのか」という気がしないでもない。そうだ、上品に育ったガキんちょAにはそう映ったにちがいない。そう考えると、彼の口から「捨ててある」という言葉が発せられたのも至極当然である。「それは悪いことをしてしまった」と思わないでもない。

 また「金魚 ⇒ 捨ててある ⇒ 持ち帰る」などとなってしまっても困るので、何か対策を講じなければなるまい。誰がどう見ても「この家には人が住んでいるんだな」と思われるようにするには時間とお金がかかりそうなので、とりあえず、純粋無垢なガキんちょたちにも分かるように「ひとがすんでいます」と立札でもしようかと思っている。

 

■ 昨日は少しスクワットで(私からすると)重い負荷をかけた。前に比べると、かなり下まで腰を落としているので、同じ重さでも回数は少なくなってきている。まあ、大切なのは、あまり間を開けず続けることである。