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■ 海ほたる ■
誰かが突然、「海ほたるを見に行こう!」と言い出した。私は「えっ、東京に行くの?!」なんて言うギャクは決して発することはなかった。東京アクアラインが完成したのは、約9年後の1997年である。
この場合の「海ほたる」とは、太平洋沿岸に生息する体長3oほどの甲殻類で、青い光を放つ夜行性の発光生物のことを言う。その名前は何となく聞いていた。太平洋沿岸であれば、伊豆あたりで見ていてもおかしくないのだが、今まで一度も目にしたことはなかった。
もちろん海ほたるを見るには浜辺まで下りていかなければならない。この辺の記憶は非常に曖昧なのだが、この時下りて行ったのは、フェリーが到着する上原港ではなく、もっといるもて荘に近い浜辺だったと思う。上原港であれば、いるもて荘と港の間は盛んに車の行き来があるので、一部は砂利道のようなところも多少はあったが、ほぼアスファルトになっていたように記憶している。
ただ、この「海ほたるツアー」では一部、草むらの中を通らなければならなかった。「私も行く!」「オレもオレも!」とツアーの参加者は8名ほどになり、もちろん私もその中に入っていたのは言うまでもない。そこでまたまた誰かが言い出した。「誰が先頭を歩くの?」
最初、「なんでそんなこと決めるのだろう?」と発言者の意図が理解できなかったのだが、すぐにその理由が分かった。「そうね〜、ハブ怖いし!」と女の子の一人がポロッと言ったのである。そう、ハブも海ほたると同じ夜行性なのである。
どう間違っても、女性に先頭を歩かせられるわけにはいかなかった。そうすると、自分が先頭を歩く確率は1/4となった。「じゃんけんして負けたら仕方がない!」くらいに思っていると、「ヒゲさん(私)なんかいいんじゃないの!」ととんでもないことを言う奴がいるではないか。「えっ!」と突然の発言に驚いていると、「そうね、ヒゲを生やして野生に溶け込んでいる感じだし…」と、ダメ押しをするとんでもない発言が飛び出してきた。「ヒゲ=野生的」という関連性は全く理解できなくもないが、「野性的」と「野生に溶け込んでいる」というのは全く別物である。
「ヒゲさん、どう?」というみんなの視線を感じずにはいられなかった。そこを、「いや、ジャンケンにしようよ!」などという言葉は口から出て来ようがなかった。私は、頬を引きつらせながら「構わないよ!」と言わざるを得なかったのである。
次に「どうやったら草むらをより安全に歩くことができるか」という議論になった。「棒を杖代わりにして、地面をたたきながら歩いたらどう?!」という意見が出た。「なかなかいいアイデアだ!」と内心思っていると、「でも、ハブの習性で、最初に刺激されると攻撃態勢を取って、その次に刺激されたときに攻撃するらしいわよ」という別の意見が出てきた。つまり、「杖で地面をトントンとたたく」ことが第1の刺激で、次に前に踏み込んだ私の足が第2の刺激となるとのことである。つまり、私の足がガブリとやられるわけでだ。もちろんそれは最悪の事態を意味する。
そうすると、杖代わりの棒を使わなければ、私の後ろの人が攻撃目標となる。私にとっては喜ばしいことだ?!「みんなでぞろぞろと歩くわけだから、そう計算したようにはいかないんじゃないの…?」という意見も出てきた。「確かにそうかもしれない」と思った。「棒を杖代わりとして使うべきなのか?使うべきではないのか?」究極の選択を迫られた。「危ないから止めようよ!」など言うものは選択肢に入っていなかったのである。
最終的に、私は、棒を杖代わりとて使うことに決めた。ユースホステルの近くにあった適当な長さの棒を、杖代わりとして草むらに挑み行ったのである。
草むらに差し掛かると、先頭に立った私は、今まで何気なく持っていた棒を「どうかハブだけは出ませんよに…」と、座頭市が自分の杖で地面をコツコツとやるように、草が生えている地面に押し当ていった。そして、私の後ろを、ツアーのメンバー達は、それぞれが肩に手を添えたり、またはズボンのベルトをつかんだりして数珠つなぎになったのである。
幸いにも、特に問題なく海辺に下りることができた。私たちは、その辺にある適当な長い棒を探して、海水を掻き混ぜてみた。するとその流れに合わせて、海ほたるがキラキラと光るのであった。けっこうみんなはしゃいでいたが、帰りのことを考えるとなかなか素直にはしゃげない自分がいたのである。
奄美大島で親戚の家に厄介になっていた時、「ハブセンター」に連れて行ってもらった。生きたハブの展示や「ハブ対マングース」などのショーが行われたが、鮮明に記憶に残っているのがハブの被害にあった人の写真が何枚も展示されていた。みんな一様に、ハブにかまれた部分の皮膚はどす黒くなり、パンパンに腫れていたのである。そのことが思い出されてしまった。さて、小一時間ほど遊んだ後、「もう、戻ろうよ!」ということになった。また、来た時と同じように列になって草むらを進んだ。結果的には何事もなく戻ることができた。
もちろん、ハブは確実にいるし、実際に被害にあう人もいるわけだが、もしかしたらそう滅多にお目にかかれるものではないのかもしれない。事実、いるもて荘のペアレントさんは「ハブはなんて見たことがない!」と言っていたような気がする。
備考 |
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