■ 入っていて良かった！■

　「これからパペーテに移動するから」と言われ、思わず「もう、飛行機もフェリーもないのでは？」と聞き返してしまった。するとドクターは「セスナ機をチャーターする」と言うのである。私は「費用は？」と聞くと、「心配ない。全て保険でカバーしてくれるから」という言葉が返ってきた。やれやれである。

　横で手を握っていてくれたおばさんは「じゃあ、荷物を取って来るわ！」ということで一度宿に戻り私の荷物を全て持ってきてくれた。私は、首に下げている貴重品入れから現金を取り出し宿泊料を払い、お礼を言って飛行場へ向かった。

　飛行場に着くと、チャーターした小型のセスナ機はエンジンがかかり「いつでも離陸OK」の状態であった。私は後から来てくれたドクターと乗り込むと、機内に設けられていた担架の上に横になった。少しこの辺の記憶は曖昧なのだが、セスナ機はとても小さく、パイロットが一人、私とドクター、そしてもう一人補助要員がいたような気がする。

　通常の定期便でもボラボラ島からタヒチ島のパペーテまでは45分ほど要するので、おそらく1時間近くは乗っていたものと思われる。パペーテの飛行場に着くと、何と私のために救急車が待機していてくれたのである。お世話になったドクターにはそこでお礼を言い、私は担架ごと救急車の方に移動させられた。

　空港から病院まではそれほど離れていなかったように記憶している。病院に着くとすぐに病室まで運ばれた。もうこの時点でかなり夜遅い時間になっていたと思う。そこで再びドクターに診察してもらうこととなった。60歳近いかなり年配のドクターで、私の気持ちを和らげようと思ったのか、診察をしながら「私は日本の京都に行ったことがある。とても美しい町だったよ。」と日本に旅行に行った時の話をしてくれた。

　体温を測ったり、聴診器を胸にあてたりして一通り基本的な検査は行われた。（血液検査までしたかどうかは覚えていないのだが…）ドクターからは「まあ、今夜は安心して休みなさい」と声を掛けられた。私は瞼を閉じ「この先、どうなるのだろう…」と不安に思いながらも、いつの間にか寝入ってしまった。

　どのくらい寝てしまったのかは分からないが、ふと目を覚ますと異国の病院のベッドで寝ている自分を再認識した次第である。自分の病室にベッドがどのくらいあるのかは分からなかったが、ときおり咳などをする音も耳に入ってきた。再び眠りにつこうと瞼を閉じたが聞き慣れた言葉が耳に入ってきた。日本語である。どのベッドだかは分からないが男女が日本語で会話をしているのである。文章としては理解できなかったが、「病院」、「退院」、そして「漁船」などの単語は理解することができた。とりたてて会話の内容を何とか聞き取ろうという気もなかったので、しばらく瞼を閉じていると再び寝入ってしまった。

　気が付くと朝になっていた。再び体温を計ったり、聴診器を胸に当てたりと検査を行った。検査後しばらく休んでいると、再び昨日の日本語の会話が聞こえてきたのである。しばらくすると会話も聞こえなくなってしまった。すると日本人と思われる女性が私のベッドの横を通り過ぎようとしたので、「あの〜」と声を掛けてみると「あらっ、あなたも日本人なの」と枕元に寄ってきてくれた。

　年齢的には50歳は過ぎているように思えた。聞くところによると、あまり正確には覚えていないのだが、彼女はパペーテ在住のようで、水産会社の人かどうかは分からないが遠洋漁業に関係する仕事に従事しているらしかった。今回は、日本から遠洋漁業に出た漁船の乗組員がケガをしてこの病院に入院しているので、そのお世話をしているとのことであった。

　ケガの程度を聞くと、足を骨折したらしい。原因はサメで、甲板に上げられたサメの尾びれではたかれて骨折してしまったようだ。「あなたは？」と言うので、「サメにやられたんだ」などと武勇伝のようにはいかなかったが、いきさつを話すと「まあまあ、せっかく来たのに…。お大事に」と声を掛けてくれ、彼女は病室を出て行った。

　午後になって、一人の男性がやってきた。ドクターではなく、おそらく病院の事務関係の人だったように記憶している。「まだあまり体調は良くなさそうですね」というので、「まだ体調は良くないが、予定通りどうしても今晩のハワイ行きの便に乗りたいのです」と告げると、「分かりました」との返事を頂いた。

　夜、私は体調が思わしくないわりにも何とか病院を出て空港に向かい、予定通りのハワイ行きの便に乗った次第である。しかし、ボラボラ島からチャーター便でパペーテまで来なかったら予定通りの便には乗れなかったと思っている。本当に「入っていて良かった！海外旅行保険」という感じである。