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トッピクス - 旅に出よう - 海外(その3)

 

 

 

・彼が切れてしまった

 

 

■ 歓楽街へ ■

 タイは「微笑みの国」などとも言われ、国民の95%は仏教徒である。しかし、バンコクには、それにそぐわず?歓楽街がいくつかある。その代表的なものがパッポンである。バンコクには慣れている彼に夜の街を案内してもらった。

 パッポンとは、並行して走っている2本通りの名前で、その長さは300mあるかないかくらい。ベトナム戦争の際に、アメリカ軍兵士が休暇を楽しむために始まったことが起源になっているようで、通りの左右にはひしめくようにゴーゴーバーが軒を連ねている。

 よく洋画などに出てくるようなお店で、典型的なものだと、お店の中にはカウンターがコの字になっていて、水着を着た女性がそのカウンターの上で踊っている。いかにも「アメリカ的」で、個人的にはあまりその手のものは好きではない。

 もちろん、そう言うゴーゴーバーだけが全てではない。女性なしの、単純にお酒だけを出している店もある。そういう店では、ビリヤード台や大型のテレビなどが置いてあったりして、テレビ画面には、おそらくヨーロッパあたりのサッカーの試合を流しているケースが多かった。

 店の形態いかんに関わらず、ほとんどの店では「ハッピーアワー」という時間帯があって、本格的にお店が忙しくなる前の4時から6時くらいの時間帯にビールなどを安価で提供している。

 彼とパッポンを歩いているときのことである。客引きが「ビール安いぞ!30バーツだ!」と寄ってきた。彼と顔を見合わせ「30バーツだったら飲んでいくか」ということになった。その客引きは、すぐ横にあるビルの2階の店に私たちを案内した。

 店の中に入ると、そこは典型的なゴーゴーバーであった。時間も早めだったのか客もまばらで、カウンターの上で踊っている女の子も数人であった。私たちはカウンターではなく、いくつかあるテーブル席の1つに腰を下ろした。

 私たちはビールを注文し、しばらくは私たちを店に連れてきた客引きも隣の席に腰を下ろし会話をしていた。しかし、彼は20分もすると「じゃあ、オレは仕事があるから」と店を出ていった。30分もいただろうか、「そろそろ出ようか」と言うことになり、彼が「オレ、トイレに行くから勘定を済ませておいてくれ」というので、私はうなずき、ボーイに「ここ、チェックしてくれ」と声を掛けた。

 ボーイは、すぐに私たちのテーブルにハガキの半分くらいの大きさの請求書?を持ってきたのだが、そこに書かれている金額は、客引きが「30バーツだ」と言っていたものと桁が一つ違っていた。つまり、1杯300バーツになっていたのである。

 私は、「何だこれは?」と請求書を手に取って見ていると、彼もトイレから戻ってきたので、「どうも話が違うみたいだ」とその請求書を手渡した。

 彼はそれを見て、「おい、ちょっと来てくれ!」とボーイを呼んだ。

  彼:「何だ、この1杯300バーツというのは?!」

ボーイ:「ビールの値段だよ」

  彼:「話が違うじゃないか」

ボーイ:「‘話’って?」

  彼:「1杯30バーツと言われたから来たんだ!」

ボーイ:「だれが1杯30バーツと言ったのだ?」

  彼:「さっきの客引きだ!」

ボーイ:「‘さっきの’って?」

 この会話で彼は切れてしまった。テーブルの上に、当初のビール2杯分の代金である60バーツを「これしか払わないからな!」叩き置き、私に「さあ、行こう!」と声を掛けてきた。もう私はうなづくしかなかった。しかし、ボーイはドアの前に「ちゃんと払わないと帰さないぞ!」と立ちはだかった。

 彼は、無理やりボーイをどけてドアをこじ開けた。そして私たちは階段を通りに向けて下りたのだが、途中で例のボーイが履いていた靴を脱いで投げてきた。私たちは何とか通りに出たが、彼の怒りはそれだけでは収まらなかった。私に「あの客引きを見つけよう!」というのである。私は、内心「やれやれ」と思ったが、うなづくしかなかった。10分も待っただろうか、例の客引きが現れると、彼は「アイツだ!」と言って歩み寄っていった。

  彼:「おい!話が違うじゃないか!」

客引き:「‘話’って?」

  彼:「ビールの値段だよ!」

客引き:「ビールの値段?」

  彼:「‘30バーツ’って言ったろ!」

客引き:「知らないな〜」

 彼は客引きの胸ぐらをつかんだ。すると客引きも「1対1でやってやろうじゃないか!」と興奮し、「上等だ!」ということになってしまった。他の客引きたちは、私に「止めさせた方がいい!」と声を掛けてきた。私も、さすがに、これ以上のもめ事になると何が起きるか分からないので、彼の手を取って「まずいから。ここは帰った方がいい」と声を掛けた。「えっ?」と、彼は私の方に振り向いたが、その間に例の客引きのパンチが飛んできて、彼がかけていたメガネが吹っ飛んだ。

 すると、周りで見学していた他の客引きも二人の間に「止めろ!止めろ!」と割って入った。私は、メガネを拾い、「早く帰ろう!」と彼の腕を取った。彼も、これ以上もめたらまずいと思ったのか、「仕方ね〜な〜」という感じでそれほど抵抗することはなく、私たちは何とかその場を去った次第である。

 一発殴られた彼には悪かったが、私は「やれやれ」と胸をなでおろした。バンコクに来てしょっぱなから、こんなハプニングが起きるとは夢にも思わなかった…。

 

備考