「しごき」と化したリラヨガ
ここバンコクの「トゥルー・フィットネス」で最初に受けたヨガのクラスが、「リラヨガ」であった。ヨガのクラスの時間割には「ハタヨガ」「パワーヨガ」「アシュタンガヨガ」など今まで耳にしたことがあるクラスの名前が載っているが、「リラヨガ」というのは初めてである。
どのような内容なのかは分からなかったが、日本でもヨガのクラスは週に2本くらいは受けているし、フィットネスクラブ内のクラスだから「そんなに構える必要もないか」なくらいに考えていた。
しかし、時間割を見ていただければ分かるが、ヨガ専用スタジオで行われる各ヨガのレッスンを始めとして、スタジオ1から4で行われるエアロや格闘技系、または筋トレ系のどのクラスもすべて60分である。これも日本では考えられないのではないだろうか。日本のスタジオレッスンであれば、短ければ30分、あとは45分、60分、75分など細かく分かれているはずだ。
さて、レッスンを受けたヨガ専用のスタジオにはあらかじめヨガ専用のマット(薄く、60cm×200p)が敷かれている。「どのくらいあるのかな」と思い数えてみたが、35枚くらいはあった。ただ、スペース的にはまだ余裕があるので50枚くらいは敷くことができるのではないかと思われる。
参加したのは日曜日の5時からのクラスで参加者は15名程度。ヨガのクラスだけあって男性は私を含めて2人で、残りは全て女性だった。日本でもヨガのクラスは男性よりも女性の人数の方が圧倒的に多いので、その辺は全く気にはならなかったが…。
インストラクターは女性で、彼女には「タイ語は分からないが英語なら少しは理解できる。」とレッスン前に伝えておいた。
レッスンはあぐらの姿勢で目を閉じたところから開始された。インストラクターが何かを話している。もちろんタイ語で何を話しているのか全く分からないが、ヨガのレッスンを受けるにあたっての何か精神的な話をしているのではないかと思われた。と言うのも、最近、日本で受けている60分のヨガのクラスでもレッスンの最初に精神的な話をし始めたからだ。
全体的なポーズの指示は、もちろんタイ語だが、私に気を使ってくれて「Close your eyes」「Take a deep breath」など簡単な英語を交えてくれたし、タイ語で何を言っているか分からないときでも、周りを見ればどのようなポーズを取っているのかだいたいは理解できた。
レッスンが始まって10分もしないうちに、私が受けている日本のヨガのクラスとの決定的な違いに気づかされる羽目になった。
ポーズを取っていると「パタパタ」とインストラクターが私の方に近づいてくのが足音で分かった。「ポーズが違っているので直してくれるのかな?」くらいに考えていたが、彼女の両手が背中に触ったかと思うと「Your head to the floor!」(頭を床の方へ)という一言とともに私の身体をグイグイと押してくるではないか。
お尻から太ももの後のハムストリングにかけて痛みが走った。「イテテテテー!」声にこそ出しはしなかったが、身体がそう叫んでいる。
しばらく無言で堪えていたが、まだグイグイと押してくる。たまりかねて、「I…,I…,I…,can't.」と言ったのだが「Yes, you can.」と言いながらまだ押してくる。
「イタイ!イタイ!ちょっと待ってくれ。こんなことありえるのか?日本では絶対にありえないぞ!日本でこんなことしたら、お客さんからクレームが来て、あなたもうレッスン持てないぞ!マネージャーに言いつけてやる!」と訴えてやろうと思ったが、残念ながらここは日本ではない。そう、タイだ。
「そうだ、俺はレッスンを受けに日本からわざわざやって来たのだ!こんなことで弱音をはくわけにはいかーん。」と改めて根性を入れ直し、この「しごき」と化したレッスンに耐えて耐えまくる羽目になってしまうのである。
「しかし、他の人たちはそんなにエキスパートなのか?」とポーズを取りながら横目で周りを見てみると、やはり、インストラクターがあっちこっちを回ってポーズを直しているではないか。
「イタイ!イタイ!」という声もあっちこっちから聞こえてくる。タイ語は「日本人」「水」「トイレ」などの簡単な単語をいくつかと、「ありがとう」「こんにちは」のような日常よく用いられるあいさつを知っている程度であるが、ポーズを強制されている人たちの口から発せられるタイ語は「イタイ!」という意味以外の何物でもなく、これは何語かの問題ではないはずだ。
そして、レッスンが進み、インストラクターがもう一人の男性のポーズを直しているのを見て「お願いだから、こっちに来ないでくれー。」と祈ってしまった。
何と自分の膝を男性の背中に当てて無理やり「えびぞり」状態にさせている。なんとも恐ろしい光景である。男性も「ウギャー、イテテテテー!!!」と悲鳴を上げているではないか。
「あなたはこの男性の発する悲鳴が聞こえないのか?このポーズは、日本で一時期はやったイナバウアーというポーズであり。日本では荒川静香という人しかできないポーズである。普通の人がやってはいけない危険なポーズ。特別に訓練された人しかやってはいけないのだ!そう、静香ちゃんしかやってはいけないのだ!」とよっぽど彼女に言ってやろうかと思ったが、それよりも「もしかしたら、彼の次は俺の番か?」という恐怖の方がだんだんと大きくなっていった。「絶対やだからね。そんなポーズ物理的に不可能で、無理やりやられたら身体が壊れちゃう。旅行保険には一応入ってきたが、そんな問題ではない。日本に帰れなくなっちゃう。お願いだからこっちに来ないでくれ!」と神(タイだから仏様)に祈りを捧げたのである。
幸いなことに普段の行いが良いせいか、私の願いも何とか通じたようだった。彼女はその男性はめていたイナバウアー強制ギブスをはずすと、私に装着することもなく、スタジオの前のほうに持っていったのである。
さすがは仏教国タイランド、何とか仏様への願いが通じた。私は心の中で大きな声で叫んだ、「コックン・マー・カップ」(タイ語で「どうもありがとう」という意味)。
また、このようなこともあった。着座で足を左右に開脚し、上半身を前屈させて床に近づけるポーズのときであった。私はみんなからの注目を集め、つかの間の「ヒーロー」(?)になったのだ!
このポーズ、ストレッチなどでもよく取り入れられるポーズで、やり慣れたポーズではある。ただ。どのくらい胸が床の方に近づくかは、その日の体調でかなり違ってくる。
ちょっと頑張れば、「おでこくらいは床につけられるかな?」くらい自信(?)はあった。身体もかなり温まっていたし、「しごき」のおかげで、一時的にではあるが「傷み」に対して感覚が麻痺しつつあった。
で、足を開脚し、身体を前屈させていくと、実際におでこは床に付けることはできた。すると、例の「ペタペタ」という恐怖の足音が近づいてきて「slowly, slowly」と言いながら背中をグイグイを床へ押してくるではないか。
「あの、済みませーん。Slowly,slowlyって言っても、速さの問題ではなく柔軟性の問題なのですから、できないものはできませんから。ご理解のほど、宜しくお願いしますよ!」と心の中で訴えてみたが、修行不足で念力も弱く、私の胸は彼女の不必要な助けを借りてだんだんと床の方に近づいていき、めでたく「ご対面!」となったのである。
「んー、胸が床につくなんてめったにあることではない。何だ、俺もやればできるのではないか!」と感心したが、問題は「この後、身体がどんな反応をするか」なのだ。
他の人を見ている余裕などはなかったが、他にできている人はいなかったのだろう。インストラクターがみんなに聞こえるように何かを言っている。きっとこんな内容だったに違いない。「みなさーん、見てください。この人、ほら胸が床についているのよ。最初はおでこしかついていなかったけど、私が助けてあげたんだから!みなさんもガンバって下さいねー!」
他の人たちが私の方を見て「わー、すごいわ!」などといっているのだろう、ざわめきが感じ取られた。まあ、悪い気はしなかったが…。
このようにして「しごき」と化したリラヨガのレッスンも開始されてから何とか50分が経過してくれて、残りの10分はストレッチなどをしてリラックスする時間であったが、身体のあっちこっちが痛くて、とてもリラックスなどできるものではなかった。
そして、何とかタイでの最初のヨガのレッスンは無事(?)終了したが、その後、2,3日は身体の自由が利かなかったことだけは最後に記しておく。