「パオー」、象の王国プーケット・ファンタジア
プーケットへは特に何かを目的に来たわけではない。今までに、1度も来たことがなかったし、「たまにはビーチでちょっとのんびりして、あとは宿でパソコンの作業ができれば」くらいの気軽な気持ちであった。
従って、通り沿いにある旅行代理店にたくさん並べられている「…島ツアー」「サファリパークツアー」「ダイビングツアー」などの各種パンフレッには全く興味がなかった。
しかし、その中でちょっと気になっているものがあった。赤やピンク、紫などの色を使ったパンフレットなので、ひと際目立っていた。
手に取ると「Phuket FantaSea(プーケットファンタジア)」とあり、象や宮殿のような建物の写真が写っていて華やかな表紙になっている。一目で「ショー」のパンフレットだということは分かった。その横にも別のショーのパンフレットがあったが、明らかに「オカマショー」のパンフレットである。一見きれいそうな女性(?)の写真が表紙に写っているが、私の全方位型オカマレーダーがすぐに反応する。
「オカマショー」はもう十分。18年前に初めてタイに来たとき、パタヤで初めて見たのだが、ダンスあり、マイケルジャクソンや松田聖子などのスターの物まね、マジックありと、とても楽しかったのは覚えている。大きな映画館くらいの客席も全て埋まっていた。
また、前回の5年前の訪タイの時にはバンコクで見たのだが、観客は閑散としていた。座席の5分の1も埋まっていなかったように記憶している。ショーの内容もあまり覚えていないのだが、ショーの途中で、舞台にいたオカマさんたちが客席のほうに来て、観客をからかったり、観客の手を取って舞台まで連れて行く場面があったのだが、小心者の私は、こっちに来るんじゃないかとドキドキものであった。あんな心臓に悪い思いはもうこりごりである。
さて、話は少しそれてしまったが、各種ツアーに参加しないまでもせっかくプーケットまで来たのだから、自分なりに「プーケットまで来た」という証を残したいという気がしてきた。
この「Phuket FantaSea」のショーのパンフレットも、多少は気になり手にしてみたが、その時点では、「是非、行こう。」というほどのものではなかった。
月曜日にプーケットに入って、土曜日にはマレーシアのクアラルンプールに行くことはすでに決まっていた。
金曜日の朝、「このまま何もしないでプーケットを去ってしまうのも…」という気持ちが強くなってきて、通りに面したツアーのチケットを扱うお店に足を踏み入れ、ショーを見たい旨を告げた。対応してくれたのは、30前後の男性であった。
「このPhuket FantaSeaのショーが見たいんだけど。」
「ショーね。いつ見たいの?」
「今晩のショーが見たい。」
「今晩のショー?ちょっと、空席があるかどうか確かめてみるよ。」
と携帯電話を取って電話をどこかにかけているが、間もなく空席があるということが分かった。
「それで、ディナー付のショーにするだろ?」
と聞いてきた。
「ディナー?」
「そうだよ。ディナー付のショーと、ただショーだけを観るものがあるんだよ。おれもこのショーは2回観に行っているんだ。最初は、ただショーだけを観に行ったけど、2回目はディナー付にしたんだ。このディナーがまたいいんだよ。ぜひ、ディナー付のショーを勧めるよ!」
「で、いくらかかるの?」
「ディナー付のショーで1500バーツだよ。(約5,100円)」
「ディナーなしだと?」
「1200だ。(約4,080円)」
ディナーがあるなしで300バーツ(約1,020円)の差がある。通常、食事に300かけることはめったにない。純粋に「食べるもの」にであれば、ここプーケットのレストランでも150バーツあれば事足りる。(もちろん、食べるものによる。カキ、イセエビ、カニなどのシーフードを食べれば300、400はすぐにいってしまうが…。)
私の場合、食事代の3分の2は麦芽を使用し、発酵させた「発酵麦芽汁」に消えてしまう。また、「ディナー付ショー」と書いてきたが、ディナーを食べながらショーを観るのではなく、ショーとは別の会場で食事を済ませてから、ショーの会場で「ディナーなし」の人たちと一緒にショーを観ることになる。
「ぜひ、ディナー付にしろ!いいぞ、ディナーは。」
とお兄ちゃんは強く勧めてくる。
私の場合、決して300バーツを節約させたかったわけではない。「発酵麦芽汁」をつければ500バーツ近くはいくかもしれない。
金額というよりは、そんな賑やかなディナー会場で一人で食事をすることは、決して快いものではないことは明らかであった。その旨を伝え、純粋にショーだけを観ることにした。
「そうか、分かった。じゃ、ディナーなしで1200だ!」
さて、ここでチケット代であるが、やはり購入する場所によってその金額に多少差が出てくるようだ。
実は、別の場所でも「ディナーなし」の料金を尋ねると、「1,100バーツでいい。」と言われたところがあった。そこで、
「もうちょっと安くならないのか?別の場所で1,100だと言われたが…」
「1,100?!ムリムリ。どこで1,100なんて言われたんだ?」
「向こうの通りにあるところでだ。」
「隣が洋服屋の店じゃないか?」
などと聞いてくるが、もちろん、そんなこといちいち覚えていない。すると、また携帯電話でどこかに電話をし、なにやら話をしている。
「やっぱり1,100はムリ。今、その店に言っても1,100ではムリと言われるに決まってるぞ!1,100って、transfer代が入っていないんじゃないのか?!」
と私にショーの料金表を見せるのである。
この料金表は前の店でも全く同じものを見せられている。「ディナー付ショー:1600バーツ」「ディナーなしショー:1200バーツ」「送迎(transfer)片道:140バーツ」と英語の表記になっている。
一応、前に1,100と言われたところでは「往復の送迎付」であることは確認をしていたので
「いや、transfer付と言っていた。」
「絶対無理だよ。往復の送迎付で1,100だと、オレの取り分がなくなってしまう!」
との弁である。
「本当だったらショーだけで1,200なんだよ。それに送迎は往復で140×2で280、合計で1480になるんだ。それを1200でいいんだから、何とか頼むよ!」
とお願い口調になってきた。
「みんな、この金額で買ってくれているんだよ。」
と私に領収書の控えを見せるのである。「ディナー付:1,500」「ディナーなし:1,200」の数字で領収書が切られている。
最初に1,100という金額を提示してくれたところに再び行って、チケットを購入したとしたら、1,100で購入できたかどうかは分からないが、このお兄ちゃんとは前にも話をし、いろいろ情報をもらっていたので、1,200でOKサインを出した。
「じゃ、迎えの車が6時40分にホテルに行くから、ロビーで待っていてくれ。会場までは30分から40分くらいかかる。ショーは9時に始まるが、カフェやみやげ物屋などもあるので、時間をつぶしてくれ。」
との説明でチケットが渡された。
迎えの車(9人乗りくらいのワンボックスカー)は予定時間より5分ほど遅れて私の宿に来てくれた。
ドライバーがスライド式のドアを開けてくれたので、中に入ると、先にインド人のカップルが乗っていてたので、軽く会釈をし、適当な場所に座った。その後、別のホテルに寄って、4人ほど西洋人をピックアップした。
送迎車は海岸に沿った道を進み、いくつかのビーチを越えた。その中にはプーケットで一番賑やかなパトンビーチがあったが、通りにはホテル、レストラン、みやげ物屋、マッサージ店、バーなどがひしめき合って一大歓楽地となっていた。
1つの歓楽街としてはバンコクをはるかにしのいでいるように思え、日本人と思われる旅行者もたくさん車の中から見ることができた。
そのパトンビーチを越えると、5分ほどで会場に到着した。車を降りると係の人がやってきて、「手元にあるチケットは正式なものではないので、受付で正式なチケットに交換すること。開場は8時40分、開演は9時であること。帰りはビーチによって車を待つ場所が違うこと。」などの説明を受けた。
ところどころ、案内板には「タイ語、英語、日本語、中国語、韓国語」で説明が書かれていて、東洋人の観光客もかなり多いと思われる。
手元のチケットを受付で正式なチケットに交換し、セキュリティーチェックを受けて、開場のゲートをくぐった。
会場内を簡単に説明すると、メインはもちろんショー会場であるが、ディナーを食べる大きな会場が別になっている。中には入らなかったので、どのくらいの規模かは分からないが、ショーの規模からして1000単位ではないだろうか。
それ以外の施設としてはみやげ物店、カフェが数軒、日本のお祭りで見られるような輪投げ、射的、ボール投げ等のゲーム、噴水、「Elephant
Ride」と言って象の背中に乗るコースなどちょっとした地方の遊園地のようである。
また、屋外に小さなショー会場があって、ダンスをメインに20ほどのショーをやっていて、誰でも観れるようになっていた。
適当に時間をつぶし開場の時間になったので、メインのショー会場へと向かった。もちろん、全席指定で、チケットには自分の座席の番号(アルファベットと数字の組み合わせ)が表記されていたし、チケットの一部がシール式になっていて、それを胸などに張ってあるので、係の人からもその人のシートがどこなのか、すぐに確認ができるようになっていた。
ショーの会場の入り口を入り、少し進むと、座席に付されたアルファベットによって行く手は2つに別れた。
私の座席は「F」で始まっていたので、右のほうへ進んでいくと、「一時預かり所」と表示されたコーナーがあった。観客は、カメラと携帯電話を全てここで預けないといけないシステムになってる。会場内での撮影、携帯電話での会話は硬く禁止されている。
持っていたカメラを預けると、数字が彫られた丸いプラスチックの引き換え券が手渡された。
更に右手のほうに進んでいくと、「かわいい動物たちと一緒に撮影しよう!」コーナー(勝手に私がつけたネーミング)があり、もちろん有料になるが、希望者は小象やトラの赤ちゃんと記念撮影ができるようになっている。
トラの赤ちゃんはどのくらいの年齢なのかは定かではなかったが、犬で言うと中型犬くらいの大きさはあった。遊びたいさかりなのであろう、なかなかなだめるのは大変とあって、常に哺乳瓶でミルクを与えられているような状態であった。
また、小象は2歳まではいっていないくらい年齢である。立つと、私の身長が174p弱だが、背の部分が私のあごの高さくらいまで来る。(バンコクの街中でも同じくらいの小象を見つけ、年齢を聞いたところ2歳と言っていた。)
2頭いたが、よくしつけられている。撮影を希望するお客さんが小象の真ん中に入り、前足の片方を曲げてポーズを取るのだが、撮影中は微動だにしないのである。小さいころから働き者である。感心してしまう。
記念撮影している人たちを横目で見ながら更に進むと、観客席が見えてきた。案内係の人に席まで案内され、シートに腰を下ろした。
ステージに向かって一番右側の席であった。当日の朝のチケットの購入だったためか、決して良い席とはいえないが、致し方ない。
座席は全部でどれくらいあるのだろうと見渡してみたが、かなり広い。正確な数字はもちろん分からないが、日本の大きな映画館の3倍以上はあるように思えた。
ショーが始まる前に、英語、タイ語、日本語、中国語、韓国語の順番で「間もなくショーが始まりますが、ショーの最中は撮影、携帯電話、喫煙は厳禁です。」という内容のアナウンスが流れた。
9時ちょっと過ぎ「これからショーが始まります。」のアナウンスが流れ、会場の照明が落とされていった。大きなラッパとシンバルをたたくような音と共に、開場のちょうど中央あたりの左右の出口からの象の行進でショーがスタートしたのである。
本物の象を使っているので迫力がある。そう、象こそがこのショーの主役で、人間は脇役なのだ。
ショー自体の長さは1時間半で、古代のタイ王国の始まりのシーン、部族間の対立のシーン、マジックショー、空中ブランコのシーン、現在のタイのシーンといくつかのシーンに別れ、それぞれが独立している。
象が主役で人間は脇役と書いたが、もう一つの脇役に、ニワトリ、水牛、ハト、羊、トラ(マジックショーのみ)などの象以外の動物たちがいる。
ニワトリが10羽ほどステージの右端から突然出てきたかと思うと、左端に消えていった。だが、2羽ほど遅れてしまい、しばらくステージで「コッコ、コッコ」やっていた。どうなるかなと見ていたが、無事に左端に消えていった。
農作業の場面で、農夫が水牛を引き連れてステージの左から右へと消えていく。また、客席の奥の天井付近から放たれたハトが、観客の頭上を舞い、ステージの奥へと見事に滑空していく。象以外の動物君たちの活躍も忘れてはならないのである。
メインステージは客席の中央であるが、客席に沿ったサイドもサブステージみたいな感じで使われている。私の席はメインステージ向かって右端、前より4分の1あたりであったため、すぐ脇で踊りを踊っていたりすることもあった。
踊りだと別に問題ないのだが、問題は戦闘シーンである。激しく剣と剣がぶつかり合いなかなかのものであるが、鉄砲なども登場する。これが、結構、音が大きく「パンパン」と撃つたびに小心者の私の身体が「ピクピク」反応する。真横なんかで打たれたらたまったものではない。
そして、戦闘シーンも佳境に入ってきたときに、右斜め前方より戦士が何か黒い固まりのような大きなものを運んでくるではないか、最初は何か分からなかったが、それが何か判明すると「ゲ、ゲ、ゲー、勘弁してくれー!」と心の中で叫んだ。
大砲である。大きな大砲を持ってきたのである。どう考えても、ただ単に「見せる」ためだけに持ってきたわけではないだろう。大砲は「撃つ」ものである。そう、「撃つ」ために持って来られたのだ!
こうなると、メインステージで繰り広げられる戦闘シーンなどどうでもよくなる。大砲のことが気になって、目がそちらにいかない。そして、一番の問題は、その大砲がいつ撃たれ、私の身体がどのような反応をするかだ。
大砲の脇にはもう一人の戦士がいて、右手に火のともっていないタイマツを持っている。そうすると、少なくともあのタイマツに火がともされないうちは、大砲は撃たれないことになる。
それが分かると多少はステージのほうに注意が行くようになった。ステージ中央では剣と剣が激しい音を立ててぶつかり合い、象君も戦士を背に乗せて戦闘シーンに駆り出されている。しばらく見入っていたが、小さなオレンジの色が視界の中に飛び込んできた。
ついにきてしまった、戦士が右手に持っていたタイマツに火が点火されてしまったのだ。そのタイマツを高々と上げ、なにやら叫んでいる。
こうなると、ステージ上の戦闘シーンは視界からは全く消えていった。私は戦士の高々と上げ、メラメラと炎を上げたタイマツの一点に集中せざるを得なくなった。「いつだ、いつくるんだ!」と思っていると、戦士は高々と上げた右腕を下ろした。「いよいよきたな!」私は両耳に人差し指を入れ、座席に斜めに座り身構えた。
タイマツが大砲のお尻の穴の部分に入れられて炎が見えなくなったかと思うと「ズ、ズ、ズ、ズッドーン!!」という爆音が会場に響くと、構えていたにもかかわらず私のお尻はシートから1cmほど浮いたのである。
ショーのフィナーレは、今までの出演象・出演者が一斉にステージに集まる。巨象から小象まで、民族衣装をまとった女性、ムエタイのスタイルをしたもの、天井からは空中ブランコ乗り達が下がり、クルクルと回っているかと思うと、再びハトが放たれステージに消えていく。象が一斉に前足を上げ、後ろ足とお尻で立っている。(いわゆる犬の「おチンチン」スタイル)中にはうまく足が上がらない象もいたりする。
しかし、よく象君たちがお尻から例のものを落とさないものだと感心していた。外のエレファントライドのところでも見なかったし、ショーの最中でも1回も見ていない。「どうやってしつけるのだろう?」とちょっと疑問に思っていたが、「いたいた」ステージの一番端にいる象(小象よりも一回り大きい)のお尻から「ポタポタ」と落下物が確認できた。すかさず、回収係が来て、ほうきとフタ付のちりとりで素早く回収をしているが、なんとなく匂ってくるものである。
ちょっとくらい失敗したってご愛嬌さ、君たちはガンバっているのだから。かくして1時間半のショーの幕は下りたのである。
でも、ここの象はエリートである。厳しい訓練は受けなければならないのだろうが、しっかりと演技ができれば、「食べる」ことに困ることはないだろうし、大切にされているはずだ。
バンコクの街中でも象の姿を見かけることがある。日本では当然考えられないが、歩道を、車道の車と車の間を、背の高さが2.5mくらいはあるのではないかと思われる象が夜な夜な闊歩しているのである。
タイの人たちは象が好きで大切に扱うが、もともとは使役の動物。山での木の伐採作業やその運搬などに使われるのが本来の姿であるはずであるが、
機械化が進むにつれ象の仕事がだんだんと少なくなっていき、象使い達の生活を圧迫するようになっていった。
彼らも、自分たちも食べていかなければならないし、象も養っていかなければならない。かといって、地元での仕事は減る一方。そこで、都会であるバンコクまで出てき、空き地でテント生活をし、夜な夜な繁華街に出ては観光客を相手に象のえさを売って生計を立てているというのを雑誌か何かで読んだことがある。当然、生活はその日暮らしとなってしまう。
しかし、ここ「Phuket FantaSea」の象たちはみなエリートで、彼らもそのことに誇りをもっている。が、彼らだって安心はしていない。日々、精進しているのである。ショーが終わると、象たちは宿舎に戻り、その日の反省会が始まる。
ボス象のゴンタは言う。
「おい、次郎、今日は最後に足の上がり方が足りなかったじゃないか?パオー。」
「あ、ばれてました?ちょっと、右足が筋肉痛で…、パオ−。」
「それから、花子!おまえ、ショーのフィナーレで落としてただろう、このバカたれが!パオー。」
「だって、昨日からお腹の調子が悪くて…、パオ−。」
ボスのゴンタは最後に締めくくる。
「みんな、決して人事だと思ったらだめだぞ!俺たちは選ばれしものなのだ!気を許すな!」
象たちは頭を上下に大きくゆすり、うなずいている。そして背に触れるのではないかと思われるほど長い鼻を持ち上げて、一斉に「パオー、パオー、パオー」大きく3回鳴いた。
一通り反省が終わると、彼らはワラのベットに横になり、深い眠りに着き、明日の演技に備えるのであった。パオー!
旅行代理店に置かれている「プーケット・ファンタジア」のパンフレット |
プーケットファンタジアの入り口。ちょっと進むとセキュリティ・チェックがある。 |
会場内にある屋外ステージ。写真は20分程度の簡単なショーのフィナーレ部分。 |
宮殿のような建物のディナー会場。 |